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そういえば、もう明日でゴールデンウイークも終わりである。何かをする予定があったわけでもなく、だらだらとお風呂掃除や読書をしてすごしていたが、案外充実した気持ちでいる。今僕が読んでいる本は、CIAの過去の失敗を取り上げた「CIA失敗の研究」である。暇つぶしに読んでいたが以外にも読み込んでしまった。ここに書いてあることが事実かどうかなどは、僕には今のところ検証のしようのないことなので、信じる信じないのへちゃちゃもないことではある。感覚で言えば、鬼平犯科帳のコミックを読んでいるとでも言えばよいだろうか。
そもそもなぜそのような本を手にしたかというと、最近自分はインプットの作業を怠っているのではないかという不安が湧いてきたからである。もちろん大学にいるので、授業という形でインプットは行っている。(言い訳ではない。たとえそう見えたとしてもそうではない。)しかし、不必要な事、ほかの言い方なら特別知りたいと思ってる訳じゃない事を知るという作業をしていなかったのではないだろうか。その思いから数冊をピックアップしたてきたのである。時間もつぶせてちょうどいいし。 まぁ、おいしくご飯を食べ、キャロル・キングを口ずさみながら皿洗いをし、腰まで入ったお風呂につかりながらジュースを飲み、体が冷える前に布団に包まりながら、作っておいた肴でお酒をやりつつ本を読む。書いているだけで幸せな気分になってきた。 # by hatopoppoppo | 2008-05-06 03:01
いろいろな人と話して見受けられるのが、「要するにこういうことだろ。」という形での理解の仕方である。これは間違っていない。ただしかし、要したということは、何か自称を捨象したということである。
なぜこのような事を書いているのかというと、それは今まで僕が納得する「要するに」を聞いたことがないからである。なぜこうも僕が思ってることを要し損なうのか。ただでさえ、自分が思ったことを自分で言葉に出来ているかも怪しいのに(それは僕が自分のしゃべった言葉に、首を傾げている事でもわかる。たまに自分で言って自分でびっくりもしたりする。)、それをさらに各々が要して「こういう事でしょ。」と伝えてくれるのだが、「う~ん、まぁいやそういう事でもないんだけどなぁ。」という感じが、言いたいことと相手の理解のギャップの埋め合わせに言葉を引き出すのである。 なので、僕がしゃべっていることはかなりその場において僕が感じたことに基づいてしゃべられている。話している相手が、どれぐらい僕の言いたいことを理解しているかを大まかに僕が判断して喋っているので、口から出任せだという風に思われるかもしれない。それは僕が今ここで言いたいことを理解してないことの証左である。その場にあわせて臨機応変にフィードバックをしながら話しているのだから、意地を張ったりしている人や、論破してやろうとしてる人よりもよっぽど正確に自分の言いたいことを捉えていることだろう。 まぁ、そうはいってもそこにある不確実性に惹かれながら喋っているのは確かなので、結構話をするというのはストレスというより、楽しくて仕方がないのだが。このような言い方しか出来ないところが、いまいち人に理解してもらえない理由なのかもしれない。ちっ # by hatopoppoppo | 2008-05-02 00:13
# by hatopoppoppo | 2008-04-29 14:04
Michael Jacksonの動画をようつべで漁る様に見る。
過去の動画や素晴らしい動画がたくさんあった。いくつかを紹介したい。 Smile チャップリンを尊敬していたことで有名ですから Thriller Michaelではない やはりUsherやChris Brownは、すみませんがMichael Jacksonの足元にも及ばないです。 それでも、ある時期からクチパクが出てきて、何か少し悲しくなりました。 # by hatopoppoppo | 2008-04-29 04:22
アキバの歩行者天国に喝! 過激行動パトロールへ
僕自身は一度もいったことがないので分かりませんが、パンツを見せるような過激な事が増えたというのは、素晴らしい指摘だと思います。やきもきする気持ちを楽しむ高度な鑑賞方法が壊されたという人が、2ちゃんねるで不満をもらしていたのを聞いて、そうなのだろうなと僕も思います。人が大量に入って来ることで築きあげたものが壊されるのは辛い事だというのはよく分かります。全ての人間が入れるということによって踏みにじられたものが、その後見直されて保護されると、それはそれで僕が求めていたものではなくなってしまうような気がするし。(記事の中の子供をつれて歩けないにはいらっとした。印籠を掲げているつもりなのか?まぁ確かに2,3歳の子供を持つ親は家に放っておく訳にもいかないから困るのかもしれないが。) 大学の講義内でのアンケートで、”同性愛は認めるべきか認めるべきではないか”という議題に真っ先に「認めるべきではない。」と答える人間に(なぜその勇気を神は、ほかの人間に回さなかったのかと問いたくなってしまった。もしかして何か意図があってその発言をしたのか?)平等に参政権を与えてほしくはない。こんなあほには渡してほしくはない。ただ若しかすると自分もほかの何かに関しては同様のあほさを持ってるかもしれない。いや間違いなく持っているだろう。自分に参政権がないのは嫌だ。なら彼にも与えよう。このような思考を経て、僕は全ての人に参政権をしゃあなしで与えることに納得させている。 参政権と同じで、全ての人が秋葉に何かしらの要望を持つのは間違ってはいないと思うが、壊してはならない何かを認識せずに踏みにじって行く姿を、僕は「まぁしゃあないわなぁ。」とため息の一つでもついて立ち尽くすしか出来ないような気がします。 # by hatopoppoppo | 2008-04-24 00:59
大学の先生に一人不思議な人がいるんです。別に風貌が変わってるとか、行動がおかしいとかではないんですが、授業中によく
「一回生の方が多いですからね、わかりやすい言葉を使って授業を進めていきますね。」 というんです。それがその先生の授業は大変わかりにくい。簡単な言葉を使って、授業を難しくしてるんですね。全てをひらがなで書かれるといささか読みにくい、これと同じ事をやってるようなもんですよ。またその先生のいう一言一言がなんというか神経を逆なでするんですね。その先生がしゃべった時に、クラスのため息と堪忍の緒が切れる音が聞こえてくるんです。 なぜこの先生はこのスタイルを選んだのか。先生を十幾年されてるわけですから、まぁ経験から学んでこうなったんだろうと考えると、生徒側に問題があったのかもしれない。暗澹たる気持ちになって耐える一時間半はふと考える時間を与えてくれるすばらしい時間です。先生の話が思い出せないので、復習をせざるを得ないなど学習意欲の新たなカンフル剤として効果的です。 # by hatopoppoppo | 2008-04-23 00:46
メッセンジャーっていう漫才師がいるんですけども、僕はこの人たちのファンなんですよね。Gyaoなどでは吉本無限大を放送していますから、結構見てたりするんですけども、あの二月ぐらいですかね、メッセンジャーが一時間ぐらいしゃべるという番組をやってたんですよ。メッセンジャーと友人の芸人を呼ぶという形だったんですけど、その時の友人っていうのがジャリズムだったんですね。僕もあんまりジャリズムという漫才師を聞いたことがありませんでしたから、もしかすると物凄く面白くなるんじゃないかなと期待してたんです。
結果はがっかりでした。メッセンジャーは関西では売れっ子ですから、あまり地上波以外の、無限大のような舞台を見ることがなかなかできないわけです。それもこれもジャリズムのせいです。あれほど、怒りに震えることはありませんでした。もう僕がジャリズムを見ることはないでしょう。僕は思いますけど、ぱぺぽであったり、松紳であったりという、シンプルなトーク番組が持つ良さを今、吉本は再評価し始めているのではないかと思うんです。一時間もだらだらとしゃべるのが許される舞台はラジオだけだったところを、無限大というものを作って活性化させたわけです。なぜそこで、一時間だらだら喋ることの出来ない芸人を出すのか。 テレビではあまり長い時間だらだら話すことが出来ない。あのせっかちな感じに僕は疲れています。30秒ぐらい沈黙があったっていいじゃないか。「う~ん」とうなりながら考え込んでしまうような事があってもいいのに、しょうもないことで間を持たす。何とかならないでしょうか。 # by hatopoppoppo | 2008-04-23 00:30
# by hatopoppoppo | 2008-04-07 21:48
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一時期それこそ気が狂ったように更新をしていた時期があった。何もすることが無いわけではないが、それを避けるかのようにブログを更新していたのである。たまに自分の書いたものを読み返してみるが、何を考えていたのかが手に取るように分かる文とは言い難い。それでも、少しぐらいは言いたいことは分かる。ただそのときと全く同じ状況でないために、完全に共感できるわけでもないのだ。自分が何年か前に発した言葉に対して、全く文体は変わっていないものの、果たして自分が本当に思っていたのかどうか自信が無くなる。僕が書いた物であるのは分かるが、果たして僕が思って書いた事なのかは疑問である。という感じである。 自分の書いたものを読むのはある種の幽体離脱のようなものなのではないだろうか。もう動かなくなった自分を、進行形で見続ける 2 自分の行動の中にある種の規範の様な物を見出す事は難しい。「自分が得するような選択。」と言うのが一番感覚的にはぴったりのような気がするが、これは結局のところ結果とそのときの立ち位置がはっきりして初めて分かる事である。功利主義的でもあるし、後出しじゃんけんの様でもある。宗教書に書いてある戒律を守ると言うのは案外快感なのではないかと思う。それはどちらに正や誤があるというのをはっきりと示してくれるし、 3 全く自分の理解できない言語を聞くのは快感である。それは自分の知らない世界が、自分がどう思うにかかわらず回り続け、全く自分の事を相手にしていないような気がするからである。蚊帳の外にいる事を許されているような # by hatopoppoppo | 2008-04-01 22:10
この頃夕焼けや星を見る機会が多くなった。我が家から見える山々の名前はいちいち覚えてはいないが、その山頂から向こう側へと降っていく一時間はなかなか見ごたえのあるものだ。そういう時はBillie Holidayを流しながら、コーヒーなり紅茶なり、それの伴に菓子などを置いて、ただひたすら眺めながら過ごすようにしている。もちろん住宅地なので、車や人々がおこす音などがあるのだが、これが意外とBGMとして効果的なのだ。これは推測でしかないが、雑音の無いところで聴く音楽よりも、人々がおこす適度な雑音が在ったほうが落ち着けるのではないだろうか。
夕焼けが月明かりに変われば次は星を見る。それに飽きれば小さな明かりをつけてご飯を食べる。小さな光と夕焼けに共通点がある事に気がついた。見たくないものを隠すという効果である。夕焼けの美しさに気づかせてくれたその「見たくないもの」とやらに感謝である。明日こそは・・・ちゃんとしよう。 # by hatopoppoppo | 2007-10-06 17:56
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